蜜柑 けまい33 【狐の嫁入り その後】 忍者ブログ

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けまい33 【狐の嫁入り その後】

前に発行した「狐の嫁入り」シリーズのその後です。
ページの都合上、書けずにいた話です。
更に、アップしようとしたらデータ消えたとかちょっと不運・・・。


とりあえずアップできてよかったーー!


書き直してたのでちょっと時間もかかってしまいましたが、無事アップできてよかったっ!

ではでは、お話はこちらから↓↓




今は青々とした葉が赤く染まる季節。
暑く強い日差しは和らぎ、今では冷たい風が流れている。


もうそんな季節を何度過ごしてきただろう。
そんな事は思い出せない程、長い時間を留三郎は伊作と共に過ごしてきた。とは言ってもそれは人間での時間ではあるけれど。
居場所がなくなり消えてしまいそうになった伊作の居場所となった留三郎は、それから片時も離れる事なく生活を続けた。
伊作は狐の妖怪だ。
居場所がなくなり弱っていた時の伊作は、人の姿を保てなくなりかなり衰弱していた。
だが、留三郎という居場所の出来た伊作は今では元気で、流石に強力な妖術は使えないが、人の姿でいる事は出来た。
話を聞くと、まだ力があった頃は伊作も妖術を使えたという。
ちょくちょく伊作の元を訪れにくる者がいる。
それは仙蔵という名の伊作と同じ狐の妖怪だった。
彼は伊作とは違う山に住み、風を操る能力を持つ。
それを知っているから、伊作が妖術を使えたというのも頷ける。
今でもその名残からか、伊作の唾液は消毒薬、血は傷薬となった。
その血はどんな深い傷も治してしまう程の効力があるのだが、留三郎は伊作が血を流すことを嫌い、それを絶対に許さなかった。
前に一度、伊作は自分の血を使い、彼の治療をした事がある。
その時は、自分の命を犠牲にする覚悟でそれを行った。
留三郎には未だその時の悲しみ、悔しさが忘れられないし、伊作が血を流す姿なんて二度と見たくないのだ。
だが、伊作の作る薬はとてもよく効くから、少し傷が深くてもすぐに治る。
だから問題はない。
そして今は、生計を立てる為に伊作も留三郎と共に町に行き、作った薬を売ていた。その評判はよく、傷薬、風邪薬、解熱剤、薬の種類はいろいろある。
その他にも塗り薬でも、欲しいという要求があれば何でも作れるのだ。伊作の知識はかなりのものだった。
妖怪で長い時間を生きているのだから、そこらの医者よりも知識がある。
それに人間の病にはかからないから、よく町に治療に出ていた。
こんな事をしているせいか、今では留三郎の売る道具よりも伊作の作る薬の方がよく売れる。
こんな事だから仙蔵にはよく嫌みを言われた。
そして、やっぱりこの日も仙蔵から嫌みを言われる事になる。
「今日は売れたか?」
留三郎は籠や笊を作り売っている。
だが、丁寧で丈夫に作ってしまうからそれらの物持ちはとてもよかった。
だから売れない。
それをわかっていて仙蔵は聞くのだ。
「売れてねぇよっ!」
「留三郎の作る物は丈夫だから。それにすぐ修理しちゃうしね」
そう伊作が続けた。
これが留三郎の作る物が売れない理由だ。自分が作った物は勿論だが、そうでない物でさえ直してしまう。
留三郎が物を売りに行くと、皆は籠や笊、鍋と様々な物を修理をして欲しいと持ってくるのだ。こんな事をしているから物が全く売れなかった。
情けないが、今では伊作に頼る生活となっている。
それを知ってる仙蔵は、はぁ、と小さくため息をついた。
「伊作、こいつに愛想がつきたら私の所に来てもいいんだぞ」
仙蔵はここを訪れる度にこの言葉を口にする。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、仙蔵」
そうやって伊作はいつも笑っていた。
けれど、留三郎は仙蔵の言葉を完全に突っぱねる事が出来なかった。
留三郎は伊作の居場所となってからもう随分経った。
ハリのあった肌にはシワが入り、黒く艶のあった髪には白髪が混ざっている。
いくら居場所になったとはいえ、留三郎は留三郎の人間としての時間を生きなければならないのだ。
妖怪の伊作と同じ時間は生きられなかった。
伊作は妖怪の時間を生きているから、今も若く美しいままの姿でいる。
年老いた自分の傍に伊作は居てくれた。それは、留三郎が伊作の居場所となったからだというのもあるけれど、出会った頃と変わらない愛をくれるのだ。
けれど、その伊作がもうすぐ消えようとしている。
それは居場所である留三郎の寿命が短いという事で、本人もそれを自覚していた。居場所が消えれば伊作も消えてしまう。それがわかっているから留三郎は何も言えなかったのだ。
勿論、伊作には消えて欲しくない。でも、離れたくない。そんな事ばかりを最近考えるのだ。
「伊作、・・・本当に俺でいいのか?」
本当は傍に居たい、そう思うけれど、伊作が消えたくないというのならば仕方がないと思う。
「留三郎までそんな事を言うの?そんなに僕と一緒にいるのが嫌かい?」
「そういうんじゃないんだ」
「ならそんな事言わないでよ。悲しいじゃないか」
「・・・悪かった」


(伊作がこう言うのわかってんのに・・・)


そして、この後にいつもなら仙蔵が口を挟むのだが、この日は何も言わずに俯いていた。
仙蔵もわかっていたのだ。
伊作はこうと決めたら絶対にそれを曲げない、頑固な所がある事を。
一度消えそうになった時も、そして今も伊作の気持ちは変わらなかった。
だから、伊作は絶対に自分を選ぶ。わかっている事だ。
それでは仙蔵は口を挟むのだ。
仙蔵もまた伊作を大事に思っているのだ。
「おい、お前が何も言わないのは珍しいじゃないか。熱でもあるのか?」
「まさかお前に心配されるとはな。私は貴様ら人間とは違ってそんなものとは無縁だ」
そう言って仙蔵は家の中から空を見た。
「今日は珍しい事があったから雨が降るかもしれないな」
留三郎も空を見るが、雨が降る気配など微塵もない。
「雨が降ると面倒だ。そろそろ私は帰るとしよう」
「もう来んな」
「伊作が居なければこんなボロ屋に誰が来るものか」
「何言ってるんだ、仙蔵。僕が居た社のがよっぽどボロかったじゃないか。大丈夫、ボロくても
まだまだ住めるから」
伊作は笑顔を振りまき、帰り支度をする仙蔵に笠を渡す。
「また、いつでも遊びに来てよ」
「・・・あぁ、また来る」
口元に薄い笑みを浮かべ、仙蔵は風の渦となって消えた。
仙蔵が消えた後、伊作は留三郎の湯呑みに熱い茶を入れ直す。そこに映る自分の顔を眺め、留三郎はさっきの仙蔵を思い出した。
この日は何となく空気が違ったのだ。
普段ならもっとトゲのある言い方をする。
仙蔵は人間が嫌いなのだ。人間は理不尽な生き物だと彼は言う。
確かにそう思う。
その理不尽さに伊作はその存在を消されそうになった。
だがこれは恐らく、伊作だけではない。
仙蔵はそうやって消えていく仲間の姿を見続けてきたのかもしれない。
一途な愛を貫き通し消えていく仲間の姿を。
「伊作」
名を呼んで手招きをする。
「何?」
呼ばれると伊作は留三郎の横にちょこんと座り、顔をのぞき込んですり寄って甘えてきた。こういう仕草は何年経っても変わらない。
留三郎はすり寄ってくる伊作の髪を優しく撫でてやる。
「俺は絶対にお前を忘れたりしねぇから。最期までずっと・・・」


(あとどれだけ時間があるかわからないけど・・・)


「うん、僕もずっと傍にいる」
二人は手を強く握りあって笑うのだった。

 

 

あれから仙蔵はここを訪れていない。
少し前まではちょくちょく訪れていたのにだ。
ただ、伊作の話では仙蔵はすぐ近くまで来ているらしい。吹く風の中に仙蔵の気配を感じるというのだ。
何故、今まであんなに頻繁に来ていた彼が急に来なくなった理由はわからないけれど、そう伊作は言った。


(まぁ、理由は俺・・・なんだろうな・・・)


留三郎も薄々に気づいていた。
自分の寿命が尽きようとしている事を。
留三郎の寿命が尽きれば伊作も消える。そんな姿を見たくないのだろう。だから来ない。遠くで見守っているだけ。
会いに来たくても来れないのだ。


留三郎には仙蔵の気配も何も感じないけれど。
吹く風の中に仙蔵の気配があるのならば・・・。


「悪いな、仙蔵」


そして、留三郎は風に向かって初めての言葉を呟くのだった。

 


その頃、仙蔵は少し離れた木の上にいた。
よく訪れた家が見渡せる距離の所にいる。


『また来る』


と言ったのに、仙蔵はその後この家を訪れてはいない。
風に乗って伊作の臭いが流れてくる。
まだ、伊作はそこにいるのがわかっているのに、仙蔵はそれ以上踏み込めなかった。
だが、踏み込めない事には理由がある。


それは『死』の香だ。


あの家にはそれが漂い、充満していた。
勿論それは留三郎が原因で、彼の寿命がもうすぐ尽きようとしている事を表している。
それが日に日に増しているのだ。
仙蔵がそれを感じるという事は伊作もそれに気づいている。
もう無くなってしまった能力ではあるけれど、伊作の妖力は怪我や病気を治す他に、相手の寿命を延ばすという特殊な能力を持っていた。
ただ、それは自分の寿命を相手に分け与える事で成立する。人間よりもずっと長生きではあるけれど、妖怪にも寿命というものがあるのだ。
妖力が衰えてしまった今でも、生と死に誰よりも近く関わった伊作がこれに気づかない筈がない。


(嫌な香だ。お前も気づいているんだろう、伊作・・・)

 

仙蔵は眉を寄せ不快さを露わにし、風となって消えた。

 


仙蔵がここを訪れなくなって数週間。
それでも二人の時間は変わることなく穏やかに流れていた。
前日には売りに行く薬の材料となる薬草を二人で摘みに行き、今は伊作が薬作りを終わらせ、一息つく為の茶の準備をしていた。
留三郎は家にある道具を修理し、最近立て付けの悪くなった戸の修繕をしていた。
元々、古い空き屋に勝手に住み着いた。ガタは前からきていたけれど、最近はそれが更に酷い。直しても、直してもすぐに駄目になる。


(まるで今の俺だな・・・)


留三郎はくすりと笑う。
「何笑ってるんだい?」
その表情を見て伊作は声をかけてくる。
「随分ボロくなったなと思ってさ。もうなかなか言う事をきかなくなってきたよ」
カタンと戸をはめて、留三郎は伊作の横に座る。
こうやって薬を煎じている時の臭いは、生活したての時には気になったけれど、今ではもう当たり前の臭いとなっていた。
最近は年を取ったせいで疲れやすい。昼間から修繕ばかりやっていたから伊作の肩にもたれ掛かる。
もう既に日は落ち、囲炉裏の火が部屋に優しく暖かな明かりが二人を包んだ。
「確かにねぇ。でも、とても暖かくて凄く居心地がいい家だよ。君みたいだね」
伊作は留三郎の手にそっと自分の手を重ねた。
「シワシワだろ?」
「うん」
「気づいたらもうこんなじーさんになっちまったな」
「うん、でもそれだけ一緒に居たって事だから。それに留三郎は留三郎だよ。僕の大好きな留三郎のままだもん。そんな君とずっと一緒に居れるんだから、僕は本当に幸せだよ」
「それは俺の台詞だ。俺なんかと一緒にいてくれてありがとうな」
伊作はずっと変わらない。いつも変わらない愛で包んでくれた。
ずっと一緒だ。
もう一緒に居られる時間は本当に短いけれど、こうやって伊作と寄り添っていられるのなら構わなかった。
そう思えるほど幸せなのだ。
暫くの間、二人は黙って手を握っていた。
囲炉裏にくべた木がパチパチと音を立て、火の粉を飛ばすのを見ていると、伊作の身体が淡い光を放ち始めたのだ。
これは見たことのある光だった。
もう何年も前に見た事のある光。伊作がその存在を消す時に見せる最期の命の灯火である。
この後、伊作は淡い光の粒を放ち消えるのだ。
「綺麗だなー」
前に見た時にはこんな事を思う事なんて出来なかった。
悲しみと悔しさでいっぱいだった。
あの時はもう二度と見たくないと思っていたけれど、今見るとその感じ方は違っていた。
それは、今は一緒にその時を終わらせる事が出来るからだと思う。
先に消えてしまうなんて、留三郎には耐えられなかったのだ。
でも、今は違う。
留三郎は伊作の居場所となった。
伊作がこの光を放つという事は、自分の命も消えようとしているという事なのに、今はとても落ち着いていた。
その理由はわかっている。
伊作と一緒に逝けるからだ。
欲を言えばもう少し一緒に生活をしたかったけれど。
「留三郎がそう言ってくれるなんて、夢にも思わなかった。でも、すごく嬉しい」
伊作は留三郎の手を撫でた。
すると、ふとその手が止まる。
「人差し指怪我してるね」
「本当だ。でもこんなのツバ付けときゃ治る」
大した怪我ではない。自分でも気づかなかった浅い傷だし、血は滲んでいるけれど治療をするまでではない。
それなのに、伊作は大変だと言って留三郎の人差し指を舐めた。伊作の唾液には消毒の効果がある。
「別にいいのに」
「ツバ付けておけば治るって言ったのは留三郎じゃないか」
ちゅっちゅと音をたてながら舐め、舌先で傷口をなぞる。
そして、丁寧に消毒をすると薬箱から薬を取り出して治療を始めた。
「伊作・・・」
「いいじゃないか、これくらい」
伊作は楽しそうに人差し指に包帯を巻いていく。


(可愛いな)


何年経ってもそう思う。
こうしている時の伊作の顔が留三郎は一番好きだ。いつも一生懸命なのだ。
「痛くない?」
伊作を見ていたらそんな事を聞いてくる。
「大丈夫だよ。いつもありがとな」
髪を撫でると伊作は気持ちよさそうに目を細めて、その後は留三郎の胸に身体を預けた。
さっきまで淡い光を放つだけだった伊作からはポツポツと小さな光の粒が部屋の中を舞う。
留三郎は伊作の身体を強く抱き、顔を柔らかな髪に埋めた。
「なぁ、伊作」
「何?」
「眠いんだ、凄く」
「じゃあこのまま寝ればいいよ。僕がこうやって抱いててあげるから」
伊作は留三郎の背に腕を回し抱きしめる。
「おやすみ。何よりも、誰よりも愛してる」
「うん。僕も愛してる。おやすみ、留三郎」
伊作がそう言って背を撫でると、留三郎はゆっくりと目を閉じた。

 


家の中から小さな光の粒が闇夜に散っていく。


(あぁ、逝ったのか・・・)


仙蔵は家の中から散る光を見てそう悟る。
何度も何度も見てきた光。
美しいけれど儚く悲しい光に仙蔵には映る。
けれど、伊作はきっと笑って逝ったのだと、仙蔵はわかっていた。
理由は一つ。
隣に留三郎が居たからだ。ずっと伊作の傍らにいた。ずっと伊作を愛し続けた。
伊作は幸せだっただろう。
それがわかっているから仙蔵はずっとここで見守り続けていたのだ。
仙蔵は人間が嫌いだ。
理不尽で自分勝手。
今まで尽くしてきた同胞を存在を知らないとはいえ見殺しにしてきた。
そんな人間が許せなかった。
消えていった仲間達は皆悲しげに笑う。
『仕方がない』のだと笑うのだ。
けれど、伊作は違う。
幸せだと笑っていた筈だ。


人間は嫌いだけれど・・・。


彼だけは伊作を忘れなかった、ただ一人の人間。


『ありがとう、留三郎』


大嫌いな人間に宛てた最初で最期の言葉。
その言葉は彼にはもう届かないけれど、仙蔵は言葉を風に乗せて小さく呟くのだった。

 

 

留三郎と伊作暮らした家に、その後人が住む事はなかった。
もう殆ど壊れかけているから、度で疲れた者が雨露を凌ぐのに使う程度だ。
もう二人が暮らした面影は何もない。
けれど、その家から少し離れた場所に二つ、寄り添うように並ぶ名の掘られていない小さな石碑があった。
誰も知らない名無しの石碑。
でも、その石碑にはいつも綺麗な花が供えられていたという。



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